カテゴリ:自然法に関して( 4 )

「人にされて嫌なことは人にするな」
下記はカナダのサイトですが、「人にされて嫌なことは人にするな」という基本戒律は日本の神道をふくめて世界の21の主要宗教のすべてに見られることが指摘され、その文言が引用されています。 
http://www.religioustolerance.org/reciproc.htm

一部、サイトの内容に間違いがあります。ヒンドゥー教の文言として誤って中国の孟子の言葉が引用されています。世界の宗教の中でもヒンドゥー教だけは人間の平等を認めないだけでなく積極的に否定します。生まれ落ちたカーストの序列と差異がすべてなのです。
またキリスト教だけが「人にして欲しいことを人にしなさい」と戒律が肯定形になっていることにも注意して下さい。ここにキリスト教徒が独善的になる原因があります。(関 )
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by shiryouko | 2006-06-10 22:46 | 自然法に関して

時代塾での「自然法」についての議論その2
松本さんの問
 西欧思想史の主流にしたがえば、西欧に自然法思想がもたらされたのはルネサンス以降、つまり自然法も近代化の産物とみなされるのでしょうか。
                                                  松本 和志

 関さんの返信(時代塾901、2002年10月14日)
 いや、自然法は聖書は別にしても、後期ローマ法もその源流の一つです。というのも多様な民族や地域を支配したローマは自然と理性に根ざすとされる普遍的な法をつくらざるをえず、その万民法は自然法を前提にすることになったからです。

 ただし古代の自然法の中には動物の欲望や本能を自然法の現れとするなど、今日の目で見れば奇妙なものもありました。何しろ人間を角で突き殺した牛が裁判にかけられて死刑にされた時代ですから。このローマの遺産はカトリック教会に受け継がれ、中世には実定法を超え宇宙の既存の超越的な秩序に根拠をもつ神と自然の法LEX DEI ET NATURALISがあるとされました。これは実際には現世の国家に対するカトリック教会の優越を意味していました。中世教会の自然法を集大成したのが、聖トマス・アクイナスです。

 島原の乱の叛徒は、カトリックの自然法に依拠したといえるでしょう。今の日本で自然法を正式に教えているのは上智大学です。近代の特質は、こうした宇宙論的で客観的な自然法NATURAL LAWがプロテスタンティズムの衝撃の下にホッブズやジョン・ロックの主観的批判的個人主義的な自然権NATURAL RIGHTSに変容したことです。何が正義であるかは個人が自らの責任で問うべきことになった訳です。

 そしてルソーは近代の自然権論の意義を認めた上で、それが前提にしている人間観、社会観の底の浅さを徹底的に批判し、宗教回帰ではない形で再び法を愛の問題に結びつけました。
                                                    関 曠野

 時代塾909、2002年10月15日
 旧約聖書は「法とは自由な同意に基づく契約である」という思想を神の名で告知しているといえるでしょう。そこから万人は法=神の前で平等であるという考え方もでてきます。天皇制はこれと反対に、差別の思想です。天皇は神であるから普通の人間のように法的責任を問われることはないという思想です。

 中国の天子も天命の下にあったのですが、日本の天皇は皇室に生まれたという生物学的事実だけで絶対的で神聖な存在なのです。これは日本人がまだ未開の民族で呪術的思考に呪縛されていた時に当時の先進中国の皇帝思想を受容したことに関係があると思われます。
                                                   関 曠野
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by shiryouko | 2005-08-26 12:16 | 自然法に関して

時代塾での「自然法」についての議論その1
 「改憲フォーラム」の呼びかけ文末尾に、「時代塾」の趣意書はこちらへ、とあります。
 その時代塾メーリング・リストで論じられた「自然法」に関わる議論を資料庫に収納します。
 「自然法」に気づいたり、探したりすることを支援するためです。

  自然法
  (時代塾855、2002年10月10日)
 自然法とは、国家が定める実定法に先立ってすべての人間が良識として体得し社会生活を成り立たせている法があるという思想です。近代日本では天皇制とマルクス主義の双方が、そうした万人が理解できる普遍的な法が存在することを否定し、法を権力を握った者の命令とみなしてきました。現人神やプロレタリアートの階級闘争が法の根拠とされてきました。

 しかし自然法の発想なしには、近代の立憲主義や国際法の存在理由は理解できません。そして大半の日本人は、本当bのところ憲法や国際法の精神を未だに理解していないと思います。日本はまだ江戸時代で鎖国したままなのです。

 自然法の論理がわかる挿話を一つ紹介しておきます。
 ある日ユダヤ教の高名なラビのヒレルのところに外国人がやってきて戸口で一本足で立ち、「私がここで一本足で立っている間にユダヤ教とはどんなものであるか教えて下さい。貴方にそれができたらユダヤ教徒になってもいいです」と叫びました。

 するとヒレルはにっこり笑って、「自分にしてほしくないことは人にするな。この言葉が分かればユダヤ教がすべて分かったことになる。」と答えました。
                                                    関 曠野
 (時代塾899、2002年10月14日)
 言い忘れたのですが、聖書に自然法の起源を求める私の見方は、西洋思想史では主流ではありません。

 一般的にはソポクレスのギリシャ悲劇「アンティゴネー」が自然法の原型とされています。うら若い乙女アンティゴネーの兄はクレオンと都市の支配権を争って敗れ、クレオンの命令でその遺体は都市の外に野ざらしのまま遺棄されている。彼女はこのことでクレオンと争い抗議の果てに自殺するに至ります。その彼女の、都市の法がいかなるものであろうと死者を丁重に埋葬すべきことは永遠の法なのだ、という言葉が自然法の発端とされるのことが普通です。
                                                   関 曠野
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by shiryouko | 2005-08-26 12:12 | 自然法に関して

自然法について(関 曠野)
 自然法NATURAL LAWは、古代からヨーロッパ文明の大黒柱をなしてきた法思想である。近代における立憲主義や国際法の誕生もこの自然法の遺産なしには理解できない。ところが長らく法すなわちオカミによる上からの統治の手段だった日本では、明治時代以来の西洋化にもかわらず自然法思想は黙殺されたままで、今でも大方の日本人は「自然法」という言葉さえ聞いたことがない有様である。これでは、まともな改憲論議など出来る筈もない。

 では自然法とは何か。自然法とは、国家が制定する実定法に先立って人間社会を強制や権威なしに自ずと成り立たせている基本的な法と正義の規範にほかならない。この国家以前の法、書かれざる社会の暗黙の掟という考えは、まず古代ギリシャのソフィストによる自然PHYSISと制度NOMOSの区別に始まり、以来アリストテレス、ストア哲学、中世キリスト教神学をへて、近代の社会契約説や国際法を生み出した。

 この国家以前の法はまた、時代や民族の違いを超えてすべての人間社会が良心を以って守るべき普遍的なモラルのことでもある。だから聖書に出てくるモーセの十戒にも自然法の要素がある。それゆえに自然法は、法とモラルをはっきり区別せず、国家の実定法秩序も究極的にはモラルに根拠をもたねばならないとする。そうしたモラルは、すべての人間に生まれながらに備わる人間性に由来する。ただし人間を人間たらしめるものが何であるかについては、理性、生得の社交性、神の似姿であることなど、論者によって見解は分かれる。

 この古代以来の伝統的な自然法は、近代になると英国のジョン.ロックによって個人の自然権NATURAL RIGHTSとして再解釈され社会契約説の根拠となった。社会契約説によれば、国家の存在理由は、個人の身体生命財産への権利を不可侵な自然権として保護し個人が幸福に生きられるような諸条件を整えることにある。この国家の存在理由を公的に明記したものが憲法であり、政府による国家権力の行使は個人の自由という立場から憲法によって制限されることになった。自然法には元来国家の在り方を是正し修正するモラルの基準という要素があったのだが、ロックはこの要素を徹底させたと言える。

 しかしロックの自然権論は私有財産の擁護という狭い基盤に立ち、また人間を完全に自立した理性的主体とみなす合理主義など、人間論社会論として歪みがあることは否定できない。後にルソーが「すべての人間には他者から好意と慰めを受ける権利」があるとして人間性の権利DROIT DE L'HUMANITEについて語ったのは、ロック的自然権論に対する批判とみなせる。だが今日でも人権思想は、ロック的自由主義の立場から完全に脱皮したとは言い難い。

 この社会契約説や立憲主義と並んで、近代の国際法も自然法の娘である。十六世紀までヨーロッパ諸国には、神とローマ教会という共通の上位の権威があった。しかし宗教改革によってこの権威が失墜した結果、ヨーロッパは宗教戦争で荒廃し、何らかの国際的な法秩序の確立によって平和を回復することを迫られた。そして国家と国家の間にはもはや上位の法的権威は存在しない以上、国際法は自然法から派生する他はなかった。そこで十七世紀オランダのグロティウスは、「神さえも従わざるをえない普遍的正義がある」と説いて国際法の父となった。

 しかしナポレオン戦争で開幕した十九世紀以降、どの国でも国家主義、功利主義が全盛になり、自然法は急速に影が薄くなっていった。日本帝国の欽定憲法制定に霊感を与えたのも、人民主権論に対抗して神の畏怖すべき権威で君主制を支えようとしたプロイセンやロシアの神聖同盟だった。他方では、人間の意識は社会構造によって決定されるとするマルクス主義も、自然法的な普遍的人間性という思想を掘り崩した。

 にもかかわらず二十世紀になってある程度自然法が全人類の普遍的なモラルの道標として再生した背景には、二度の世界大戦の前代未聞の惨禍がある。ナチの「平和と人道に対する罪」を裁いたニュルンベルク国際軍事法廷も、その究極の法的根拠は自然法にある。そして1948年に国連総会で満場一致で採択された世界人権宣言や戦後に発展したさまざまな国際人道法は、今までのところ自然法思想が歴史的に到達しえた最高の水準を示すものと言えよう。(了)
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by shiryouko | 2005-07-15 19:43 | 自然法に関して