時代塾での「自然法」についての議論その2
松本さんの問
 西欧思想史の主流にしたがえば、西欧に自然法思想がもたらされたのはルネサンス以降、つまり自然法も近代化の産物とみなされるのでしょうか。
                                                  松本 和志

 関さんの返信(時代塾901、2002年10月14日)
 いや、自然法は聖書は別にしても、後期ローマ法もその源流の一つです。というのも多様な民族や地域を支配したローマは自然と理性に根ざすとされる普遍的な法をつくらざるをえず、その万民法は自然法を前提にすることになったからです。

 ただし古代の自然法の中には動物の欲望や本能を自然法の現れとするなど、今日の目で見れば奇妙なものもありました。何しろ人間を角で突き殺した牛が裁判にかけられて死刑にされた時代ですから。このローマの遺産はカトリック教会に受け継がれ、中世には実定法を超え宇宙の既存の超越的な秩序に根拠をもつ神と自然の法LEX DEI ET NATURALISがあるとされました。これは実際には現世の国家に対するカトリック教会の優越を意味していました。中世教会の自然法を集大成したのが、聖トマス・アクイナスです。

 島原の乱の叛徒は、カトリックの自然法に依拠したといえるでしょう。今の日本で自然法を正式に教えているのは上智大学です。近代の特質は、こうした宇宙論的で客観的な自然法NATURAL LAWがプロテスタンティズムの衝撃の下にホッブズやジョン・ロックの主観的批判的個人主義的な自然権NATURAL RIGHTSに変容したことです。何が正義であるかは個人が自らの責任で問うべきことになった訳です。

 そしてルソーは近代の自然権論の意義を認めた上で、それが前提にしている人間観、社会観の底の浅さを徹底的に批判し、宗教回帰ではない形で再び法を愛の問題に結びつけました。
                                                    関 曠野

 時代塾909、2002年10月15日
 旧約聖書は「法とは自由な同意に基づく契約である」という思想を神の名で告知しているといえるでしょう。そこから万人は法=神の前で平等であるという考え方もでてきます。天皇制はこれと反対に、差別の思想です。天皇は神であるから普通の人間のように法的責任を問われることはないという思想です。

 中国の天子も天命の下にあったのですが、日本の天皇は皇室に生まれたという生物学的事実だけで絶対的で神聖な存在なのです。これは日本人がまだ未開の民族で呪術的思考に呪縛されていた時に当時の先進中国の皇帝思想を受容したことに関係があると思われます。
                                                   関 曠野
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by shiryouko | 2005-08-26 12:16 | 自然法に関して



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