時代塾での「自然法」についての議論その1
 「改憲フォーラム」の呼びかけ文末尾に、「時代塾」の趣意書はこちらへ、とあります。
 その時代塾メーリング・リストで論じられた「自然法」に関わる議論を資料庫に収納します。
 「自然法」に気づいたり、探したりすることを支援するためです。

  自然法
  (時代塾855、2002年10月10日)
 自然法とは、国家が定める実定法に先立ってすべての人間が良識として体得し社会生活を成り立たせている法があるという思想です。近代日本では天皇制とマルクス主義の双方が、そうした万人が理解できる普遍的な法が存在することを否定し、法を権力を握った者の命令とみなしてきました。現人神やプロレタリアートの階級闘争が法の根拠とされてきました。

 しかし自然法の発想なしには、近代の立憲主義や国際法の存在理由は理解できません。そして大半の日本人は、本当bのところ憲法や国際法の精神を未だに理解していないと思います。日本はまだ江戸時代で鎖国したままなのです。

 自然法の論理がわかる挿話を一つ紹介しておきます。
 ある日ユダヤ教の高名なラビのヒレルのところに外国人がやってきて戸口で一本足で立ち、「私がここで一本足で立っている間にユダヤ教とはどんなものであるか教えて下さい。貴方にそれができたらユダヤ教徒になってもいいです」と叫びました。

 するとヒレルはにっこり笑って、「自分にしてほしくないことは人にするな。この言葉が分かればユダヤ教がすべて分かったことになる。」と答えました。
                                                    関 曠野
 (時代塾899、2002年10月14日)
 言い忘れたのですが、聖書に自然法の起源を求める私の見方は、西洋思想史では主流ではありません。

 一般的にはソポクレスのギリシャ悲劇「アンティゴネー」が自然法の原型とされています。うら若い乙女アンティゴネーの兄はクレオンと都市の支配権を争って敗れ、クレオンの命令でその遺体は都市の外に野ざらしのまま遺棄されている。彼女はこのことでクレオンと争い抗議の果てに自殺するに至ります。その彼女の、都市の法がいかなるものであろうと死者を丁重に埋葬すべきことは永遠の法なのだ、という言葉が自然法の発端とされるのことが普通です。
                                                   関 曠野
[PR]

by shiryouko | 2005-08-26 12:12 | 自然法に関して



<< 時代塾での「自然法」についての...

ポツダム宣言 >>